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孤独について。

今年還暦を迎え、少しずつ:現役の一線から立ち退いていく自分を感じ、改めて「孤独」というものについて考えることが多くなった。このテーマについて、いつか書きたいと思いながら、考えがまとまらず今日に至った。多少未整理なのだが、考えたことをツラツラと年の終わりに書きまとめておきたいと思う。

別に自分が特段内向的な性格だとも思わないのだが、もともとちいさい時から一人遊びが好きな性分で、趣味といえば、本を読んだり音楽聴いたり、時々、絵をかいたり文章書いたり楽器をいじったり。料理を作るときはあまり手を抜かず、ワインはティスティングノートをつけながら飲む(お酒は弱いのだけれど)。PCや真空管アンプを自作したこともある。映画、ライブ、美術展なんかにもよく出向く。夜の公園に出かけて天体写真を撮るのも大好きだ。今年は14日間の「断食」も経験した・・・等など、好奇心に任せていろいろやってるけど、これら全てについて、わたしは基本的に「自分一人」でやっている。

高校時代なんかも、目的もなく友達とつるんでうだうだしがちなものだが、私に限って言えば、そういうことをしていると途端に退屈して早くうちに帰りたくなった。帰って一人でやりたいことをしたいのだ。 ~ その意味では「孤独好き」と言っても差し支えない性格だと思う。

こんな私だが、今年定年を迎えるにあたり、会社から再雇用を希望するかどうか訊かれた際、迷わず「希望する」と答えた。少しでも経済的に余裕をもった生活をしたかったのもあるが、何より自分の様な性格の人間が退職してしまうと、まっしぐらに「引きこもり老人」化するように思えたからだ。ことほど左様に部屋にこもって、あぁでもない、こぅでも無いと自分一人でごちゃごちゃ何かしているのが好きなのだ。ただ、それだけではいけない、と、踏みとどまりたい気持ちがあった。それは何だろう。

自分にとって思索にふける孤独な時間は大切だ。だが、知的な会話が成立する人間関係の保持というものも、同じ重さで大切なものに思える。一番の理想は、この二つの世界を融通無碍に行き来できる環境を保持することだ。いかに「孤独好き」でも、このことは忘れてはいけないと思う。

五木宏之さんの著作「孤独のすすめ」以降、「孤独」を礼賛する書籍が増えている様に感じる。(「孤独本」と言うらしい。五木さんの本に限って言えば、決して孤独を礼賛している訳ではないのだが。)それだけ「孤独との向き合い」について考えている人が多い、もっと言うと、孤独な自分を肯定してくれる言説を歓迎する人が増えている、ということか。

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