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潔さ、わかりやすさ。

少し前の話になるが、大阪、オリックス劇場でSuchmosを観た。今回、"初サチモス"だ。しかも前から三列目と言う行幸に恵まれた。

若いのに、よく勉強してる。音作りが洗練されている。今一番オシャレでイケてるアーティストアンケートとったら、いいとこ行くだろう。一番かも知れない。

今回、初めて生で観た訳だが、そのセンスもさることながら、一番感心したのが、『照れない』ことだ。まっすぐ自分のセンスを信じて、それを表現する。アーティストにありがちなシャイさとは無縁。自分も若い時、無鉄砲で根拠のない、ありがちな「自信」はあったが、ここまで潔く自分をさらけ出していたか?

私は、何だかんだ言っても、表現行為と言うのはある種の女々しさが前提になっていると思う。自分ではコントロールできない周囲の状況、それとと同じ重さで相対する自分の気持ちを確認すること。 ~ 状況と共振出来たときは長調の歌が生まれ、反響した時短調の歌が出来たと思う。

状況は変えられない前提で、でも、ほとばしる気持ちから歌を生まれ、絵が出来る。その意味であらゆる表現行為は、状況を変えらない以上、非建設的だ。表現は排泄行為に近いとすら思う。だから、アーティストは、恥ずかしくてシャイになる。

そこで、ねじれた自己表現に走る者も出てくる。わざとスキャンダラスになったり、斜に構えたり。若いのが素直になれずカッコつけてる間はカワイイのだが、あまりやってると底の浅さが透けて見えはじめる。Suchmosは、そういった肥大し自意識とは無縁だ。真っ直ぐな割り切りと覚悟を感じる、潔いサウンド。

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