念願の”スラブ叙事詩”を観る。
ミュシャの”スラブ叙事詩”を、死ぬまでに一度は観てみたいと思っていた。
この作品は、パリやアメリカで大成功し「アールヌーボーの華」と呼ばれたミュシャが、自らのルーツであるスラブ民族の波乱万丈の歴史を、晩年の16年間の歳月を費やして描き切った約4m×8m規模の大型作品、それも20枚の連作である。これまで、チェコから国外に出たことがなかったので、出来ればいつかチェコに行って実物を観てみたいと思っていた。ところがこの度、チェコから国外に初めて出た展示会が開催される。しかも、その会場が日本という僥倖に恵まれた。展覧会は、巡回なし・東京の国立新美術館一か所だけ。行くしかないでしょう。
リトグラフによる演劇のポスターを主とした商業美術家、というか、イラストレーターと言った方がしっくりくる様なイメージが強いミュシャだが、今回ばかりはメインは油絵。ファッション・ポスターでの布や人体を描く時の高い表現力がそのままオイルペイントでも生かされ、その大規模な群像を描いたエネルギッシュな作品群に圧倒される。
商業的に成功してから、落ち着いて本当にやりたいテーマで創作に打ち込むアーチストは多い。ピカソやビートルズがそうだし、近年では村上隆がそういったスタイルを明確に主張している。ただミュシャが違うのは、神さまからこの一連の大作品群を制作すべく使命を受け遣わされた様な背景、つまり出生的、時代的に強烈な動機があったということだ。
スラブ人の血脈、チェコへの愛国心、時代に巻き込まれ翻弄された民族の歴史、忍び寄る第一次世界大戦、その結果勝ち得たチェコ・スロバキアの独立・・・などなど。商業的な成功、理解しバックアップしてくれるパトロンの存在、それらをバックボーンにミュシャは晩年の16年を費やしこの作品を描いた。そして、その民族主義的、愛国主義的ととれる作品がナチスの注意を引くところとなり、高齢にもかかわらず逮捕・拘留され、それが原因で肺炎を悪化させ亡くなる。まるで、彼が描いた時代に翻弄される民族・市井の人々の様な最後だ。
リトグラフの、ナィーヴで繊細なドローイングの印象が強いミュシャだが、今回の展覧会では、あらたに男らしいタフな画家の精神力というものを見る思いがした。 ~ 観に来てよかった。
ただでさえ国外初展示であることに加え、今回の展示会はフラッシュを使わなければ写真撮影が許されている展示室がある。国立新美術館、プラハ市、監修者のみなさまのはからいに感謝。