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この世界の片隅に

わたしは例年、年明け最初に読む本を意識的に選ぶ習慣がある。その年取り組みたいと思うテーマについてのビジネス書だったりすることが多いのだが、今年選んだ本は違った。

今年最初の本は、映画がヒット中の「この世界の片隅に」の原作コミック。映画では、透明水彩の様なコントラストの低い絵に、のんさんのおっとりとした広島弁の声が乗り、戦時中の呉市を舞台にした映画にもかかわらず、小津安二郎の映画の様に静かに日常が描かれていた。ここでも、主人公は明るく健気だ。

この本を読むと、映画がいかに原作の世界観を良く表現できているかがわかる。戦時中の呉市の生活の調査・研究の緻密なディテールにも感心した。ちなみに、主人公が照れた様にあごを引いたポーズでものを考えるくせも原作で頻出している。

ただ、もう一つ面白いな~と思ったのは、この作品ところどころでセリフ無しの細かいコマ割りだけで表現されているシーンがあり、これが主人公の心理状態の変遷や話の流れに心地よいリズムを与えていること。通常マンガ読むスピードは読者に委ねられており、その意味では読み流されるスピードは作者側ではコントロール出来ない。しかしこの手法により、セリフが無いにもかかわらず読む方はこれらのシーンに見入ってしまう。結果、主人公の考えていることや生活の工夫、折り合いの付け方、などの流れが強調され、一見ジミ目な主人公すずちゃんの細やかな気持ちと健気さが伝わってくることになる。

この本の全編に流れるのは、一人のふつうの女性の目線による、ふつうの生活の姿とそのディテールだ。昔、誰かが「テレビや新聞のニュースでは伝えきれない、個人の生活の現場や気持ちのディテールを表現するのが文学の役割。」という風なことを言っていたように思うのだが、この場合、”戦争”がテレビや新聞のニュースにあたり、すずさんの物語は”生活のディテール”にあたる。戦争中の生活は、戦争の影響を大きく受けるものの人々は四六時中戦争のことばかりを考えて暮らしているわけではない。~その空気感が伝わってくる。

自然災害、会社の不祥事、政治家や芸能人のスキャンダル、かつてないほど大量のニュースがわかりやすくその分表層的な形で、時として感情的な解釈を交えて流通している昨今、この視座は大切にしなければならないことだとあらためて考えた。 ~ 真実は現場にしかない。

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