J-POP in the '80s ①:TOP SECRET MAN ~Plastics

April 30, 2016

 80年代は、その軽さのウラに絶望があった、と、トーキングヘッズの回で書きました。そんな中で、権威とは無縁、デザイナーやスタイリストといった音楽的には素人が集まった80年代的なバンドがありました。プラスチックス "トップ・シークレット・マン"。

 

安室や宇多田以降、アイドルの女の子でさえいっちょまえに歌やダンスをこなす今からみると、笑っちゃうほどの「ヘタ」ですが、当時、このバンドは東京の最先端を走っていたのです。デヴィッド・バーンとも交流があり、このスタイルこそがイケてた。わたしもずいぶん彼らのライブを観に行きました。彼らの意図的に演奏テクニックという土俵にのらないで勝負している、でも自信満々なスタイルは、80年代の空気の中で本当にカッコ良かった。

 

実は僕はギターの立花ハジメさんと、学生時代に膝をつき合わせてお話をしさせてもらったことがある。

当時原宿に「ビデオギャラリーSCAN」という「動画を専門にした画廊」の様なものがあり、そこに出入りしていていたのだが、ある日イベントも無くスタッフの方とだべってたらそこに立花ハジメさんがぶらりと現れた。キャ~、と、思いながら3人でいろいろお話しさせてもらい( キンチョーして、何を喋ったか忘れたけど) 最後に、当時持ち歩いていたスケッチブックにサインをもらった。~ 東京ならではです。

 

その後プラスチックスは解散、立花ハジメさんはより実験的な音楽へのアプローチを始めた。キーボードの佐久間さんはBOΦWYやGLAY、JUDY AND MARYといったバンドをプロデューサーとして担当され大活躍の後、2014年に他界。ボーカルの中西トシさん佐藤チカさんは、バンド「MELON」を結成、原宿のクラブ ピテカントロプスを拠点に活動の後、ロンドンへとその拠点を移す事になります。

 

当時意彼らは音楽的洗練を拒否、意図的に「ヘタ」であることを1つのスタイルとして採用し、「批評性」を獲得していた。 ~ みんな、ある種、作家的。 クロスオーバーでアーチスティックだった。

 

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